2004年9月、パリで行われたエトランジュ映画祭(Etrange Festival)において石井輝男監督の特集が企画され、『網走番外地』『徳川女刑罰史』『残酷・異常・虐待物語 元禄女系図』『徳川いれずみ師 責め地獄』『江戸川乱歩全集 恐怖奇形人間』の5作品が上映され、監督もゲストとして参加されました。
その際にパンフレットに掲載するため、監督ご自身がそれら上映作品の思い出を綴った原稿を執筆されました。
この原稿は国内では未発表であり、また日本語の原文で紹介されたことも恐らくないものと思われます。
ここに作品毎に回を分けて掲載いたします。

 この映画のロケーションハンティングで約20日間をついやし帰京すると、出発前とは状況が大きく変わっていた。留守中に本社の営業部から、この作品について営業的な強い疑義が提出された。その主張の主なものは、

(1)登場人物が前科者ばかり。内容が暗い。
(2)主演俳優はヒーローでなければならないのに、犯罪者であり恋人もいない。
(3)甘さや色気の無い殺伐としたシーンばかり。観客はこういうものを好むとは思えない。etc.−−−

そして、作品そのものが潰されることはまぬがれたが、予算は大幅に削られ、カラー作品からモノクロ作品に格下げされていた。北海道全土を隈なく探しまわってきた疲れがどっと出た。腹も立ったし、落ち込みもした。だが強い反発がそれを上回った。カラーからモノクロへの格下げ!よし、格下げとは思わないことにしよう。舞台は北海道。雪、雪、雪の銀世界。ほとんどのシーンが白一色。カラーよりもモノクロのほうがずっと内容にマッチして効果的だ。モノクロに格下げされたのは、むしろ幸運と考えよう!どうせ見放された作品だ。どんな作品になるか力の限り大暴れしてやろう。と・・・

  主演の高倉健も燃えていた。「よしッ、やるぞッ!」と闘志満々であった。ちょっと出端をくじかれ、戸惑っているスタッフに発破をかけて、準備に大童な日々が続いた。零下30度といわれる雪の中の撮影だ。カメラは支障なく回ってくれるのだろうか。冷蔵庫の中に懐炉を抱かせたカメラを持ち込んでテストを撮ってみたり、スタッフの防寒具を調達したり、初めての零下での撮影に準備は試行錯誤の連続だった。まるでアラスカ探検隊のようなスタッフの装備を見て、北海道の人達に笑われてしまい照れ臭い感じもしたが、朝から晩まで雪の中に立っていなければならないのだから、決して大げさなものではなかったと思う。

  さて、その北海道ロケに出発する数週間前のある晩、大スター、嵐寛寿郎さんが、突然私の家を訪ねてきた。嵐さんは「八人殺しの鬼寅」と囚人仲間にも恐れられている終身刑の殺人犯役であった。突然の来訪に、何事かとびっくりして迎える私に嵐さんは自信たっぷりでこう言った。「この映画は私がいただきました。どうも有り難う」と。わざわざそれを言うための訪問であった。「私がいただきました」とは主演をふっとばすぐらいの良い役だ。有難う。と言っているのだ。この何百本も主演を続けてきた大スターが!!

  この実績のある大スターが、わざわざそれを言うためにやってきた!この映画は当たるな!と直感した。そして、当たった。大ヒット!格下げされた「網走番外地」は、もう一本。またもう一本と、結局18作まで製作が続くこととなったのである。

   
 
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